あらすじ
「あの男を黙らせろ」
陛下がそう仰った。だからわたくしは〈北の関所の通行料を、来季まで据え置く〉と書いた。
王付き文書官イーディト・ウェルズ、三十九歳。仕事は〈言い直し〉だ。陛下が口になさった言葉を、そのまま書かない。受け取る家ごとに読み癖があるからだ。北の関所は命令形を期限の宣告と読み、大神殿は、たとえを誓いと読む。
二十年、この国は戦をしなかった。
先の王が身罷り、若い陛下が立った。新しい側近は言った。
「陛下の御言葉に手を入れるとは、不敬である。今日より一言一句、そのまま記せ」
「――承知いたしました。一言一句、そのまま記します」
そのように引き継ぎ、規定どおりに辞職した。三日後、隣国の使節が帰国した。五日後、北の関所が閉じた。八日後、南の港が荷役を止めた。
その文を十三年読んできた隣国の書記官だけが、生のまま届いた一通を見て言った。
「これは、あの方の手ではない」
裏通りで代書屋を始めたわたくしのもとへ、その日から人が来る。一通だけ直してくれ、と。
「文は書きません。一語だけ、直します。あとは、あなたの言葉です」