あらすじ

港の外れ、満月の夜だけ開かれる地下競売場では、人間の「自我」を宿した石が売買されていた。競売人の朔は、濁りのない石ほど高く売れるというこの世界の掟を、十年にわたって淡々と見続けてきた。自分を出さずに生きた人間の石は澄み、怒りや悲しみ、欲望を外へ漏らした者の石は濁る。そんな価値観のもと、朔は品の値を読み上げるだけの仕事をしている。  ある夜、十七番として出品された石は、これまでにないほど純粋で、開始価格は異例の高値に設定される。しかし、その品を返してほしいと現れたのは、出品者である遠野恭一の娘だった。彼女の訴えにより、朔はその石が三年前に父自身から摘出されたものであると知る。診療所で誰からも怒らず、代金も取らずに生きてきた男が、娘の学費を支えるために自分を売っていたのだ。  競売が進むなか、少女もまた自分の石を差し出して父を取り戻そうとする。摘出された彼女の石は、長年の怒りと悲しみで濁っていたが、それでも規約に従って父の石と交換される。だが朔は、競りの途中で十七番の石に微かな濁りを見つけ、思わず素手で触れてしまう。規約違反により競りは不成立となり、石は傷物として扱い直される一方、満月が沈む前に処理しなければならないという制約が迫る。  やがて月が天窓から外れ、十七番の石は消える。少女は父を取り戻し、朔は三階の棚に眠る自分の石へ向かう。十年前から灰色に曇ったままのそれを前に、初めて朔の内側に「欲しい」という感情が芽生える。濁らないことが価値だと信じてきた競売人が、価値のないはずの自分の石を前に、ようやく自分自身の欲望に触れ始める。

連載情報

ウェブ小説

配信言語
エブリスタ
エブリスタ2026/08/27
  • 現在の作品狂月マーケットの競売人