あらすじ
町の片隅に、一軒の小さな本屋がある。
店主の名前は、花乃(かの)。
少しぽわぽわしていて、のんびり屋さん。
忘れ物も多いし、料理もちょっぴり苦手。
でも、花乃の本屋には不思議と人が集まる。
本を買わずに何時間も座っている人。
雨が止むまで黙っている人。
誰にも言えない悩みを抱えている人。
そんな人たちに、花乃はいつも同じように言う。
「ゆっくりしていってくださいね」
ある雨の日。
閉店時間を過ぎた本屋に、見たことのない少女が訪れる。
「……ここは、本屋ですか?」
「はい。本屋さんです」
少女が差し出したのは、この世界には存在しない銀貨。
そして彼女は言った。
「お願いです。この世界には、物語がありません。どうか一冊だけ、本をください」
花乃が本棚の奥へ進むと、そこには今まで存在しなかった扉があった。
扉の向こうに広がっていたのは、二つの月が浮かぶ異世界。
そこでは、人々が「物語」を失い、自分が何者なのかも、どこへ帰ればいいのかも分からなくなっていた。
勇者になりたくなかった少年。
帰る場所を失った騎士。
誰にも愛されていないと思っている王女。
人間に恐れられ、ひとりで生きてきたドラゴン。
そして、誰かのために物語を書きたい少女。
彼らが花乃の本屋にやってくるたび、花乃は特別な魔法を使うわけでもなく、ただ一緒に本を読んで、話を聞く。
「帰る場所がないんです」
そう言われた花乃は、少し考えてから笑う。
「……じゃあ、ここに帰ってくればいいんじゃないですか?」
その何気ない一言が、ひとりの人生を変えていく。
これは、世界を救う英雄の物語ではない。
小さな本屋と、そこに集まる人々が、少しずつ「居場所」を見つけていく物語。
そして花乃自身もまた、誰かの居場所をつくりながら、自分の居場所を探していく。