あらすじ
西日本のある県。急峻な山地から五十キロで海に注ぐ二級河川・黒瀬川。その上流に、岩と土を積み上げた巨大なロックフィルダムがある。完成から四十年、ダムは下流の二万五千人の暮らしを支えてきた。人々はもう、洪水を忘れていた。
所長・戸川、五十七歳。毎朝、操作室の水位計を見る。下げすぎれば渇水で人が困り、上げすぎれば洪水で人が死ぬ。線と線の間で、毎日判断を続ける仕事だった。
七月中旬、梅雨末期。気象庁の予測が、ダム流域への大雨を告げる。戸川は河川課長に事前放流を上申するが、若い課長は躊躇する——「外れたら、誰が責任を取るんですか」。
そして線状降水帯がダム上流を直撃した。爆発的な流入。洪水時最高水位が迫る。異常洪水時防災操作の決断。しかし下流の避難はまだ終わっていない。水が堤体を越えれば、ロックフィルダムは崩壊する。街は、消える。
水位計の数字が、上がり続けていた。