あらすじ
「――奥様は、あなたを恨んではおられません」
大正の終わり、帝都・神田。
巫部咲耶は、六代続く霊媒師の家に生まれた娘である。
口寄せの作法は完璧。依頼人は皆、彼女が死者と話していると信じている。
だが咲耶は、霊の存在を一切信じていない。
彼女がやっているのは、観察と推理だ。
言葉の選び方。指の節。畳の褪せ方。捨てられずにいる遺品。
そこから怪異の正体を組み上げて――そして、それを本人に告げることは決してしない。
分かったことは、すべて「死者からの言伝」に翻訳して手渡す。
人を救うために、いない霊を演じ続ける。
そんな彼女の前に、一人の新聞記者が現れる。
鷹取冬吾。霊媒師という商売を心底憎み、彼女の嘘を暴くために近づいてきた男。
「一年だ。一年、あんたに付く。何を見ても、その場では書かない」
「一年経ったら」
「書く」
こうして、期限つきの奇妙な同行が始まった。
夫婦者しか泊めない宿。婚礼の座敷。
調べるために、二人は幾度も夫婦を装う。
髷を結い直し、名を偽り、一つの部屋で夜を明かす。
――演技なら、得意なはずだった。
人の心なら、指の節ひとつで読める。
それなのに、この男が自分を見ているときの目だけが、どうしても読めない。
やがて咲耶に、家を継ぐための婿取りの話が持ち込まれる。
断れば、相談所も、育った家も失う。
そして鷹取は、取材相手の私事には口を出さないと言って、何も言わなかった。
契約は、あと六月。
その先に、十五年前に死んだ咲耶の母をめぐる、
どうしても説明のつかない一つの怪異が待っている。
【登場人物】
巫部 咲耶(かんなぎべ さくや)
……二十三歳。巫部霊媒相談所・六代目。黒縮緬の和装に、母の形見の柘植の櫛。
依頼人の前では完璧に霊媒師を演じる。演じ終えて障子を閉めた瞬間、真顔で煎餅を齧る。
鷹取 冬吾(たかとり とうご)
……二十八歳。帝都日日新聞・社会部記者。着崩した三つ揃いに丸眼鏡。
嘘が、心底、許せない。理由は自分でも言いたくない。
豆一(まめいち)
……十二歳。相談所の住み込み小僧。口が軽い。帝都中の噂を、なぜか全部覚えている。
黒沼 玄水(くろぬま げんすい)
……帝都霊学協会理事。決して声を荒らげない。だから、こわい。
大正帝都の怪異ミステリ×偽りの夫婦×バディロマンス。全二十四話・予定。