あらすじ

王国歴1650年。人類魔導管理統一機構の聖典照合局に、史料編纂室という部署がある。仕事は聖典の校合。その主任を、ミレイア・ソル・グランヴェという。信心は篤い。神を疑う気など、みじんもない。  扱うのは統一神書、バルギニア版、王国歴1612年編纂。創世から八柱の御業まで、この世の成り立ちを記した唯一の正典である。  だが、この世界には崩滅の日があった。神代の記録の大半は、そこで灰になっている。残ったのは断片だけだ。辺境の村の口伝。廃都から掘り出された封蔵巻物。大図書館の隅で、誰にも読まれずにいる民間写本。皮膚に文字を刻む民シーデルンの、皮銘の写し。神代から生きつづけている何かの、要領を得ない語り。  編纂室は、それを拾い集める。神書を疑うためではない。神々の威光を、より確かなものにするためである。誤った理解が人を滅ぼすことを、この筆者は史実として知っている。聖母神の本質をわずかに取り違えた説法ひとつで、飢えて消えた小国がある。  ところが、拾い集めた断片は、正典と、少しずつ食い違う。  始原神が身を裂いたのは寂しさゆえだと、神書は言う。廃都の巻物はこう書く。完全すぎる均衡は、おのれを保つことができず、誰に押されたのでもなく、おのずと傾いた。そこに寂しさの二文字はない。神書は始原神を「今も在す一柱」と明言する。古い民間写本は、あの神はすでに万物へ溶け入り、もはやどこにもおらぬと伝える。  邪神と名指される反逆神には、夜と静寂を司っていた頃の、別の呼び名がある。誰よりも愛される叡智神には、祭りと歌のなかにしか残っていない、神書の知らない顔がある。八柱のうち、なぜかあの神だけが、いまも人前に現れつづけている。  筆者は、答えを出さない。出せない。ただ食い違いを並べ、首をかしげ、こう書き留める。   いずれが真の創世なりしか、筆者は断ぜぬ。ただ、均(なら)された一つの神書の陰に、均されざる無数の声のありしことを、ここに書き留めておくのである。  神書を編むとは、神話を、人の手で、もう一度創世し直すことだ。そして創世のたびに、何かは必ずこぼれ落ちる。  本書が拾ったのは、その、こぼれ落ちたものどもである。  物語はない。あるのは引用と、註と、筆者の憶測だけだ。正典が塗り潰したその下から何が出てくるのかは、読む人が決めればいい。

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カクヨム
カクヨム2026/08/25
  • 現在の作品神統断章拾遺