あらすじ
三年間、婚約者はわたくしを泣かせようとしていた。
母の手紙を、湿っぽいと言って燃やした。
婚礼の指輪の意匠を、別の令嬢に先に見せた。
そのたびに、あの方は翌朝わたくしの顔を確かめた。
何も出てこないと分かると、次のことを考えた。
泣けないのは情がないからだと、八つのころから言われて育った。
だからわたくしは、あの方が撒いた無礼を消して回った。
詫び状を書き、手当を払い、噂の火を消した。
三年で二十七件、侯爵家に醜聞は一度も出ていない。
春の夜会。
証人の並ぶ公卓で、婚約の破棄が告げられた。
広間の三百人が、わたくしの崩れる姿を待っていた。
あの方も待っていた。
泣けば冗談にできると思っていたからである。
わたくしは顔を上げて、こう尋ねた。
泣くと思っていましたか。
そのまま破棄を承諾し、翌朝、三年分の控えを侯爵の机に返した。
詫びを書く者は、その家にもういない。
泣かないことを欠けていると呼んだのは、いったい誰だったのか。