あらすじ
「普通に生きていればいいのに……」
26歳の地方公務員・神崎寛生は、福祉相談センターで生活保護や児童福祉に関わる仕事をしている。
彼は、ギャンブルに金を使い果たす生活保護受給者、恋愛やブランド品に依存する女性、子どもを顧みない親たちを見ながら、「人は欲を出すから失敗する」と考えていた。社会からこぼれ落ちた人々を「ゴミ」と呼び、自分は彼らとは違う、堅実に生きる側の人間だと思っていた。
ある日、三歳の少女・りおを連れた母親・りんかがセンターを訪れる。
「この子を、もらってください」
りんかは、りおを育てられないと訴える。りおは実の父親との間に生まれた子どもだったが、周囲には姉妹として扱われていた。父親が亡くなったことで秘密を隠しきれなくなり、りんかは娘を施設へ預けることを望んでいた。
調査が進む中で、りおが父親から性的虐待を受けていた可能性が浮かび上がる。さらに、りんか自身も幼少期から父親の被害を受けていたことが明らかになる。
神崎は、それまで「子どもを捨てようとする身勝手な母親」と見ていたりんかの中に、自分には見えていなかった過去と傷があることを知る。
一方、神崎自身の私生活でも「普通」が崩れ始める。
四年間付き合ってきた恋人・結衣が、神崎に隠れてパパ活をしていたことが発覚する。さらに、同僚の原田泰造とも関係を持っていることを知り、神崎は大きな衝撃を受ける。
それでも結衣を失いたくない神崎は、焦るように「結婚しよう」と告げる。
自分が何も知らなかったことへの恐怖。
失いたくないという嫉妬。
壊れた「普通」を取り戻したいという執着。
他人の欲望を否定してきた神崎自身が、少しずつ欲望に飲み込まれていく。
そして、りんかとりおの施設入所が審査会議で承認された日。
神崎は、仕事で知ったりんかの勤務先を訪れていた。
「これは仕事じゃない。調査でもない。ただ、りんかに会いたかった」
他人を「欲望に負けた人間」として裁いてきた神崎は、自分自身もまた、同じように欲望を抱える一人の「人間」であることを知らない。
誰が普通で、誰が異常なのか。
誰が被害者で、誰が加害者なのか。
人間は、本当にそんな簡単に分けられるものなのか。
神崎が信じていた「普通」は、少しずつ崩れ始めていた。