あらすじ
五十八歳の美紀は、会社で取締役を務めながら、毎朝四時半に起きて夫、長男夫婦の食事や洗濯、掃除をすべて引き受けていた。会社では部下から信頼されているが、家族は美紀の仕事を「少し立派なパート」と見下し、感謝もしない。それでも美紀は、長男夫婦が新居を持つまで支えようと耐えていた。
夫は美紀に相談せず、自分名義の家を売却する。その売却代金と、美紀が老後資金から出した一千万円を、長男夫婦の新居の頭金にするためだった。美紀はさらに、入居後も毎月十五万円を援助すると約束する。新居には夫婦も同居するはずだった。
しかし引っ越し当日、嫁は美紀に笑いながら告げる。
「ごめんなさい。私、他人とは暮らせませんので」
夫は長男夫婦をかばい、自分だけ新居に残る。長男も妻を止めず、帰る家を失った美紀は荷物を持って一人で立ち去った。
会社近くに部屋を借りた美紀は、住宅ローンの補助や生活費など、家族への送金をすべて停止する。すると長男夫婦の家計はたちまち行き詰まり、住宅ローンの督促状が届き始めた。
家族を養うと豪語していた夫の収入は、スーパーの早朝品出しで得る月三万円ほどだった。年金や家の売却代金も浮気相手のために使っている。食費、光熱費、税金、新居の頭金まで、家族の暮らしを本当に支えていたのは美紀の役員報酬だった。
やがて新居は差し押さえ寸前となり、長男夫婦は美紀に助けを求める。しかし二人が必要としているのは、美紀本人ではなく、金と家事を差し出してくれる都合のよい母親だった。
美紀は静かに告げる。
「申し訳ないけれど、私はあなたたちとは暮らせません。あなたが教えてくれたでしょう。他人とは暮らせませんので」
新居は売却され、長男夫婦は残った借金を自分たちで返すことになる。一方の美紀は、誰にも文句を言われない部屋で、自分のための新しい人生を歩き始める。