あらすじ
「無能な君との婚約は破棄する」
殿下がそう笑ったあの夜、殿下の腕の中にいたのは私でした。
公爵令嬢セシリア様は取り乱しもせず、一礼して「かしこまりました」とだけ告げて去っていかれました。勝ったのは私のはずでした。
けれど三枚目の銀板を使った朝、私は気づいてしまったのです。
光が弱いのは、祈りが足りないからではない。板の残量が減っているからだ、と。
私の「祝福」は奇跡ではなく、借り物の魔道具の作用でした。
それでも私は、誰にも言わずに四枚目を使いました。ひざまずく人々へ、確かに届きましたと申し上げました。
やがて王都から塩が消え、職人が去り、冬越しの税が三倍になりました。何が起きているのか、私には分かりません。分かるのは、祝福を求める列だけが伸びていくことだけでした。
そして殿下が祭祀室の親板を引き抜いた日、王都の井戸は銀色に濁りました。配給水は、一人朝夕一杯。私の前に並んだのは、その水で腹を壊した子どもを抱えた親たちでした。
私に治せるものは、何ひとつありませんでした。
銀板一枚の実費は金貨九枚。帳簿には四十枚。差額は三十一枚。
そして親板の修理費は、殿下の戴冠式の装飾費へ移されていました。
修理されていれば、井戸は汚れなかったのです。
私は善人になったのではありません。勇気を振り絞ったのでもありません。
ただ、数えられてしまっただけでした。
――完結済み『『無能な君との婚約は破棄する』と笑われたので、「かしこまりました」と領地の全収入を持って出て行きました』を、捨てた側から描く読みきり短編です。本編を未読でもお読みいただけます。