あらすじ

「売れた瞬間に、はじめて仕入れたことになる。——人も、同じだ」 創業百二十年の柊屋百貨店を更地にするため、本社から送り込まれた桧垣総司、四十七歳。彼の仕事は「畳むこと」だ。十九年で二十三件、数字だけを物差しに現場を閉じてきた。着任初日、彼が最初に削ったのは包装紙一枚ぶんの六円だった。 その夜、消えているはずの四階に灯りがついていた。 閉店時刻をとうに過ぎた売場で、外商の老嘱託が空の箱を包む練習をしている。彼女に案内されたのは、四十年ぶん誰も捨てなかった「預り棚」。百二十一の引き出しの、いちばん下の段のいちばん左。そこに貼られた札には、こう書かれていた。 昭和六十年五月十二日。未収額、三百二十円。桧垣総司様。 七歳のあの日、母の日の贈り物を包んでもらい、代金が足りず引換券を握ったまま逃げた少年。逃げた理由は、地下の惣菜売場で母が客に頭を下げていたからだ。母は間もなく店を辞め、去年、死んだ。総司は母に、生涯ひとつも贈り物を渡していない。 「柊屋は、預り品を捨てません」 顧客を切り離すために外商へ同行するうち、総司は逆に人生を預けられていく。やがて判明した上層部の真の狙いは、建物ではなく外商顧客名簿だった。四十年ぶんの人間関係を、データ資産として売り払う。売れば望んだ椅子に座れる。拒めば四百二十人の行き先が消える。 どちらを選んでも何かが死ぬ夜、総司は生まれて初めて包装台の内側に立つ。 答えは、この店の帳簿の中にあった。消化仕入れ——受け取られるまで、それはまだ誰のものでもない。 ならば、客の人生も店の在庫ではない。 閉店最終日。柊屋は最後の催事を打つ。売り尽くしではなく、返し尽くす。 包装紙の折り目、館内放送の一音、坪効率、外商の「恩を売る」という言葉。百貨店という職場のすべてを職能の手ざわりごと描き切った、全二十四章・六万九千字の長編お仕事小説。読み終えたあと、あなたは次に誰かの包みを開けるとき、その折り目に、包んだ人が待っていた時間を見るようになる。 「包むのは、隠すことじゃない。待つと決めることです」

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カクヨム
カクヨム2026/08/23
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