あらすじ
江戸の華やかな遊郭。その中でも、日本一と称される大見世・花霞楼には、誰にも心を許さない花魁がいた。
名は、白妙。
絶世の美貌と卓越した芸を持ち、客からどれほど熱い言葉を向けられても、決してその心を開かない。金を積まれても、権力を差し出されても、白妙は誰にも靡かなかった。
人々は彼女を「氷の花」と呼んだ。
しかし、白妙には自分でも知らなかった過去がある。
白妙は幼い頃、花霞楼で一人の女性に育てられた。名は紫乃。読み書きも芸も、人の世を生き抜く術も、すべて紫乃から教わった。白妙にとって紫乃は、母親そのものだった。
だが、紫乃は一人の男を愛してしまう。
「必ず身請けする」と約束した男を信じ、花魁として稼いだ金も、着物も、簪も、すべてを男に託した。しかし男は紫乃の財産を奪い、姿を消す。その事実を楼主へ密告したのは、紫乃を妬んでいた同じ店の女だった。
すべてを失った紫乃は、絶望の中で自ら命を絶つ。
その前夜、紫乃は初めて白妙に告げた。
――お前には、本当の母親がいる。
自分を産んだ母、紅葉。
白妙が初めて母の存在を知った翌朝、紫乃はもうこの世にいなかった。
母を知らずに育った少女は、母の存在を知った夜に、母親代わりだった女性まで失った。
その日から白妙は、人を信じることを捨てる。
誰にも心を渡さず、誰にも奪われない女になる。
やがて白妙は花魁となり、母・紅葉をも超えるほどの名声を手に入れる。そして日本一の楼・花霞楼の頂点へ。
そんな彼女の前に現れたのが、地元を治める侠客・黒崎家の若君、蓮司だった。
蓮司は白妙を買おうとしない。
「俺を信じろ」とも言わない。
ただ、白妙がどれほど冷たく突き放しても、彼女の過去を知ったうえで静かに隣にいる。
やがて白妙の凍った心は、少しずつ揺らぎ始める。
そして蓮司は、白妙に身請けを申し出る。
ただし、その先の人生をどうするかは白妙自身が決めればいいという。
結婚するのか。
別々の道を歩くのか。
それとも――。
誰にも未来を決められなかった女が、最後に自分自身の意思で選ぶ人生。
これは、人を信じることを捨てた一人の花魁が、最後にもう一度だけ誰かを愛する物語。