あらすじ
大学で心理学を教える私は、男子学生に妙に人気のある教授だった。
理由はたぶん講義内容ではない。
妖艶なお姐さん教授だの、あの先生の授業だけ出席率がおかしいだの、好き勝手に言われていたけれど、こちらは一応、人間の行動と心理を研究する専門家である。
人は環境に影響される。
与えられた役割に適応し、ときには自分でも気づかないまま、その場所にふさわしい人間へ変わっていく。
そんな話を学生たちに教えていた私が、ある日、目を覚ますと――見知らぬ暗い部屋で、小さな女の子になっていた。
しかも、どうやらここは宋代の中国。
嫌な予感しかしない。
父親らしき男は孫元と名乗り、ここは十字坡だという。
旅人が立ち寄る店には、どう考えても怪しい料理が並んでいる。
そして何よりまずいことに、私の名前は孫二娘だった。
いや待って……
『水滸伝』じゃん。
よりによって母夜叉。
人肉を刻み、饅頭の餡にする、あの孫二娘である。
もちろん拒絶した。
心理学者としても、現代人としても、人としても、そんな環境に適応してたまるものかと思った。
ところが空腹は理屈を聞かず、恐怖には慣れ、昨日なら吐いていた光景を今日は観察できるようになる。
気づけば蒙汗薬の効き方を考え、客の心理を読み、十字坡の看板娘として笑っている。
これ、環境適応じゃない?
自分で気づけるから止められる――
そう思っていたのに、気づけることと止められることは、どうやら別問題だった。
しかも現代で姉だった女まで、この世界では閻婆惜。
そしてその先には、歩いているだけで男の理性を破壊するフェロモンの悪魔・潘巧雲まで待っている。
水滸伝、女性陣の心理的圧が強すぎない?
これは、人間心理を教えていた女が、自分自身を被験者にしてしまった物語。
母夜叉になんか、なるはずがなかった。
――そして私は、人肉を捏ねる。