あらすじ
その夜、王立劇場を救ったのはリヴィアだった。
ただし、満員の観客が呼んだのは彼女ではない。
本番直前に倒れた看板女優の名前だった。
役者が〈英雄〉や〈姫君〉といった「役紋」を授かる世界で、リヴィアの役紋は何も刻まれていない外れの【空白】。
どんな役にも一晩だけ合わせられる彼女は、十二年間、事故や病欠を埋める名無しの代役として使われてきた。ポスターに名前が載ることも、自分の役を与えられることもない。
「代役に名前はいらない。お前の代わりもいる」
記念公演を成功させた直後、支配人からそう告げられたリヴィアは、王立劇場へ静かに辞表を置いた。
劇場の外で待っていたのは、人前に立つとうまく声を出せない脚本家ノア。
「今度は、あなたの名前を台本に書かせてください」
彼が率いる旅一座〈青い天幕〉にあるのは、穴の開いた天幕、古びた舞台馬車、三脚の客席だけ。
おまけに巡業札の期限まで、残り九十日。
一座を存続させるには、七つの町で客席を満員にしなければならない。
石切り町では、英雄ではなく帰りを待った家族の物語を。
声を出せない風の町では、耳の聞こえない少女と無言の影絵を。
戦勝に沸く駐屯町では、英雄になりたくなかった兵士たちの喜劇を。
訳ありの仲間を迎えながら、リヴィアたちは、その町で本当に必要とされる物語を舞台にしていく。
やがて明らかになる【空白】の本当の力。
それは誰かの役を借りる力ではない。
仲間と観客の心が重なったとき、この世界にまだ存在しない「新しい役」を生み出す力だった。
舞台に立つ女優と、舞台に立てない脚本家。
これは、誰かの代わりにしかなれなかった女性が、七つの町を巡り、自分の名前で拍手を受けるまでの物語。