あらすじ
二十年、この王宮では何も起きませんでした。
火事も、飢えも、儀礼の失態も、隣国との諍いも。
何も起きなかったのは、私が先に済ませていたからです。
霜の降りが例年より二日早ければ、八の月のうちに薪を頼みます。十の月に頼めば、値は三倍、荷は十日遅れますから。
老侯爵さまの唇の色が変われば、喪の黒を染めさせます。黒は、染め上がるまでに二十日かかりますから。
王妃さまのお薬は、切れる十日前に南へ人をやります。船が、十日かかりますから。
私が知っているのは、明日のことではありません。〈間に合わなくなる日〉です。
私はエルスベート・フォン・アーレンツ。八つの年から祖母に連れられ、王宮の|支度方《したくがた》を二十年務めました。
済ませたことは、申し上げません。それが、この役目の作法でございますから。
ですから、婚約者である王太子殿下は、こうおっしゃいました。
「君は、何もしていないだろう」
「はい。何も起こさずに、済ませました」
私は役目を解かれ、支度をやめました。
翌日から、起きるはずだったことが、順番に起きております。
王宮が無能なのではありません。後任の方は有能で、起きたことには最速で手を打たれます。
ただ、起きる前に動くことだけが、どうしてもできない。二十年ぶん、先に見ていないからです。
私はいま、城下の〈梨の木亭〉におります。三月前に、私自身が押さえておいた宿でございます。
――ところで。
二十年、私は全員の必要を先に満たしてまいりました。
そのあいだ、誰ひとり、私のためには何も用意してくれませんでした。
その宿に、南の国の使節が泊まっております。
その方が、私が口に出すより先に、私のために何かを支度した、最初の人間でございます。