あらすじ

バレたら、二人とも終わる。  精密機械の営業・戸田は、客先の購買・柏木と、工業団地の駅前にある古い喫茶店で会うようになる。  あの辺には、ほかに店がない。だから会うのに、言い訳が要らなかった。  彼は測るための機械を売る。彼女は業者を測る。二人とも、職業として測っている。  そのあいだにあるものだけが、測れない。  商談は一年かかった。  その一年で、彼女は変わっていく。価格表を比べるだけだった購買が、質問するようになる。  日報の「先方からの質問件数」の欄は、ゼロから、二へ、七へ。  面談時間の欄は、最初から最後まで四十五分のままだった。  組織のための記録は、人が変わったことを一行も書き残さない。  ――買う側と売る側が親しくなれば、彼女の判断は全部汚れる。  彼を選んでも、選ばなくても。公正に選んだつもりでも、本人にすら、もう分からない。  二月に、彼は退職届を出した。理由の欄はない様式だった。  全部払って、それでも隣にいる話。  雨の喫茶店で始まり、水の音だけがする川べりで終わる、一年の記録。

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カクヨム
カクヨム2026/08/21
  • 現在の作品駅前に、ほかに店がない