あらすじ

季節は春。 桜が散り、新しい緑が芽吹き始めた頃、恵子は風の匂いを感じながら、ぽつりとつぶやく。 「……今年は、あの子たちに会える気がする。」 麦人には、その言葉の意味が分からなかった。 やがて初夏を迎えたある日。 晴れ渡った空から、不思議な雨が降り始める。 「恵子さん! 晴れてるのに雨!」 「ふふっ……今日は、狐の祝言かもしれないね。」 その日を境に、麦人の周りでは小さな不思議が続き始める。 森へと続く獣道に残る小さな足あと。 風もないのに響く鈴の音。 誰もいない竹林を渡る、やわらかな風。 そして、木漏れ日の中からこちらを見つめる、一匹の金色の子狐。 麦人は夢中で追いかけるが、その姿はいつも森の奥へ消えてしまう。 「追いかけてもいい。でもね、追いつこうとしなくていい。」 恵子は、そう微笑むだけだった。 一方、賢蔵は珍しく昔話を始める。 まだ若かった頃、山仕事の帰り道に一度だけ見たという、晴れた日の雨。 白無垢のように輝く光。 風に揺れる無数の鈴の音。 そして、人ではない誰かの祝言。 「あれが夢だったのか、本当に見たのか……今でも分からん。」 それ以上、賢蔵は語らない。 夏祭りの日。 突然降り出したお天気雨の中で、麦人はついに見る。 木々の間を静かに進む、美しい狐たちの祝言の行列を──。 誰も言葉を交わさず、ただ鈴の音だけが森に響く。 その光景は一瞬で消え、あとには雨上がりの虹だけが残っていた。 「あれ、本当にいたのかな。」 麦人が尋ねると、恵子は空を見上げて笑う。 「どう思う?」 「……いたと思う。」 「だったら、それが答えだよ。」 見えないものを信じること。 自然を敬うこと。 そして、誰にも説明できない出来事を、そのまま心にしまっておくこと。 恵子との一年を通して、麦人は少しずつ大人への一歩を踏み出していく。 やがて季節は巡り、再び春が訪れる。 晴れた空から、一粒の雨が落ちる。 麦人はもう狐を追いかけない。 ただ空を見上げて、そっと微笑む。 「また会えたね。」 その声に応えるように、風がやさしく吹き抜け、どこからともなく鈴の音が聞こえた気がした。 これは、自然の中にひっそりと息づく不思議な世界と、一人の少年が少しだけ心を大人へ近づけた、もうひとつの「麦の道」の物語。

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小説を読もう2026/08/21
  • 現在の作品めぐる季節は麦の道 二 狐の祝言