あらすじ
何もない空を、駆け上がる者がいる。
踏み込むたびに足首の紋章が灯り、爪先の先へ光の足場が生まれる。それを蹴って、雲の上の巨影へ。たった一人で、斬りかかる。
大人気VRMMO『ソウルクレスト・オンライン』。フルダイブした者の魂を読み、世界に一つだけの固有スキル——「魂の紋章」を与えるゲーム。
何を始めても、数日で飽きてきた。大学一年の冬夜が潜ったのも、「少しだけ、やってみるか」程度の軽い気持ちだった。
その手の甲に浮かんだ紋章は、何も生み出さない。道端の物を「借りて」、形を変える——それだけの力だった。借りた物は、少し経てば元へ返る。
このゲームは、何もかもがやたらとリアルだった。頬を撫でる風には温度があり、屋台の肉を炙る匂いに腹が鳴る。「現地人」と呼ばれるNPCたちは、口調も間の取り方も、作り物とは思えないほど人間くさい。そして道端には、枯れ枝や小石が無数に転がっている。
枯れ枝は刃に、小石は鏃に——世界はまるごと、冬夜の武器の山だった。拾って、借りて、工夫で格上を仕留める。気づけば、生まれて初めて夢中になっていた。
ギルドの掲示板の前で、気乗りしない冬夜を勢いのまま引き込んだ光魔導士の少女・茜音。彼女と潜った森の奥で二人が見つけたのは、鎖に繋がれた、手負いのモンスターだった。
誰が。何のために。
思えば、始まりからおかしかったのだ。「魂を読む」はずの解析は、誰にも話したことのない記憶にまで、平気で触れてきた。
出来の良すぎるこのゲームの底で、遊びではない何かが蠢いている。
誰も拾わない違和感を拾って、冬夜はその正体に手をかけていく。