あらすじ
十年ぶりに故郷へ帰ってきた二十八歳の鷺沢朔也。
無人駅で彼を待っていたのは、幼なじみの榧森千景だった。
八月十六日───送り盆の夕暮れ。
千景に誘われ、翌日取り壊されるという彼女の祖母の屋敷を訪れた朔也は、幼い頃に二人で遊んだ「螺鈿回廊」へ足を踏み入れる。
黒漆の壁に、虹色の貝で描かれた花、鳥、魚、蝶。
そして、その最奥には、一匹だけ存在する奇妙な〈螺鈿の蝉〉があった。
しかし、記憶の中よりも大きくなったその蝉は、よく見ると無数の小さな蝉が重なってできていた。
千景は言う。
「人が死ぬたび、増えるの」
それは、故郷を離れたまま亡くなり、帰り道を忘れてしまった死者を、お盆のあいだだけ故郷へ導くための蝉だった。
やがて朔也は、自分がなぜこの町へ帰ってきたのかを思い出していく。
十年前に言えなかった想い。
帰ると約束したまま過ぎてしまった歳月。
そして、夏の終わりとともに訪れる、本当の別れ。
「夏って、いつ終わると思う?」
送り火が揺れる夜。
二人がようやく見つけた答えの先で、
帰ったはずの者の声が、もう一度だけ聞こえてくる。
───それでも決して、振り返ってはいけない。