あらすじ
自分が脳だと認識する物語
機械の向こう側
――瀬戸口正隆の一年八か月
プロローグ 最後のページ
そのノートの最後のページには、四つの言葉が残っていた。
もういいんだ。
代償はいらない。
オレが考える。
オレの人生を生きる。
瀬戸口正隆は、その文字をしばらく見つめていた。
ペンを持った右手は、もう動いていない。
部屋は静かだった。
窓の外から車の走る音が聞こえる。
遠くで誰かが話している。
冷蔵庫の音。
時計の音。
それだけだった。
正隆は、ふと思った。
一年八か月前の自分だったら、この静けささえ疑っていたかもしれない。
何かが隠れているのではないか。
誰かが見ているのではないか。
この音にも意味があるのではないか。
自分の考えに反応して、何かが動いているのではないか。
そんなことを考えていた。
だが、今は違った。
少なくとも今の正隆には、全部を説明しようとする必要がなかった。
分からないものは、分からないままでいい。
怖かったものを、無理に怖くなくする必要もない。
頭の中に何かが浮かんでも、それにすぐ答えを出さなくていい。
そう思えるようになっていた。
ノートには、一年八か月分の文字が詰まっている。
乱れた文字。
大きな文字。
小さな文字。
丸で囲まれた言葉。
何度も消して書き直した言葉。
矢印。
二択。
三択。
未来の分岐。
怒り。
恐怖。
笑顔。
仕事。
バイク。
スマートフォン。
Yahoo。
X。
AI。
PC。
WBC。
アメリカ。
そして、
「機械」。
その言葉を見た瞬間、正隆は一年八か月前の夜を思い出した。
すべては、一つの小さな音から始まった。