あらすじ
ロイヤル・アルバート・ホールを震撼させた“神のクイックステップ”から数ヶ月――。
社交界の頂点に立ったはずの財前蔵之介と山城葛葉は、あらゆる栄誉と喝采を拒み、人知れず姿を消していた。
二人を追い求めるのは、伝説の帝王レオ・ヴァレンティ。
彼は決勝で生まれた狂気じみた美を「真の自由」と称賛し、涙を流す。
しかしその裏で、レオは己の命が肺炎によって長くないことを悟っていた。
そして葛葉の右足が、すでに冷たい鉄の義足へ変わり始めていることにも気づきながら、なお“騙されたふり”を続けていたのだ。死ぬ前に、新たな神話を見届けるために――。
そんな老帝王の執念を知りながら、蔵之介はさらに危険な舞台へと葛葉を引きずり込む。目指すは、世界最高峰の競技会《プロ・マスターズ》。
葛葉を苛む罪悪感を封じるため、蔵之介が導入したのは、脳波で義足を制御する禁断の新技術《サイコ・リード・リンク》だった。
神経伝達速度すら凌駕するそのシステムは、葛葉の肉体を急速に“機械”へ同化させていく。
生身の足よりも、絶対に裏切らない漆黒の義足こそが「本当の自分」――そう感じ始めた時、葛葉は人間であることへの恐怖に飲み込まれていく。
だが唯一、蔵之介に義足を調整される瞬間だけが、歪んだ安らぎを与えていた。
互いなしでは存在できない。
支配と依存が溶け合う中、二人の関係はもはや恋でも信頼でもなく、肉体とシステムを共有する“共犯”へ変貌していく。
そんな彼らの前に現れたのは、若き天才ペア・マルコとルチア。
圧倒的な生命力と正統派の美で世論を味方につけた二人は、自らを「レオの真の後継者」と名乗る。
生身ゆえの輝きを前に、葛葉は絶望する。
レオに愛された“人間の自分”は、もうどこにも存在しないのだと。
さらに追い打ちをかけるように、レオが急逝。
遺された「お前は人間のままで神になった」という最後の手紙さえ、蔵之介は葛葉の目の前で焼き捨てる。
「お前を生かしているのは、俺のリードだけだ」
そして迎える、ロイヤル・アルバート・ホール決勝。
葛葉はついに、自らを縛る“幻想”を断ち切るため、演技の最中にドレスを引き裂き、剥き出しのカーボン義足を晒す。
悲鳴と熱狂に包まれる聖地で、二人は重力さえ踏み越える禁断のダンスを踊り始める――。
嘘も真実も、生身も機械も超えた果て。
辿り着いたコモ湖で、葛葉は義足を外し、蔵之介の腕にすべてを委ねる。
血と鉄に染まった二人のワルツは、終わることのない共依存の愛へと溶けていく。
そしてその歪な愛の先で、新たな命の物語が静かに幕を開けようとしていた――。