あらすじ
一人の人間が長い年月使い込んだ道具を握ると、その人の手つきが流れ込んでくる。
振り方も、勘所も、鼻歌みたいな癖まで、まるごと。
ただし、握っているあいだだけ。
手を離せば跡形もなく消え、何度借りても自分は一切上達しない。
十五歳のフィンには、姓がない。帰る家もない。
雑務ギルドの物置で寝起きし、井戸を浚い、薪を運ぶ毎日だった。
ギルドの道具はどれもお下がりの使い回しで、握っても何も起きない。
だから彼は、自分が持っているものに十五年間、気づかなかった。
ある日、半年前に主人を亡くした鍛冶工房の片付けを頼まれる。
埃だらけの作業台に、柄が手の形にすり減った槌が一本、置いてあった。
握った瞬間、手が勝手に動いた。
振り方も、鉄の見方も、打つ位置も、すべて分かる。
——分かるのに、重い。
名人の手つきを借りたところで、非力な体は何ひとつ変わらない。
そのうえ反応するのは、たった一人が長く使い込んだ道具だけだ。
借りるには、まず持ち主に信じてもらうしかない。
薪を割り、水を汲み、頭を下げて回る。
強くならない少年が増やしていくのは、腕ではなく人だった。
鍛冶屋の娘に「泥棒」と呼ばれた日から始まる、
借りものの手ひとつで何でも屋をやる話。