あらすじ
かつて、彼は現代を生きる一人の男だった。
死後、目を覚ました先は、後世なら神話と呼ばれる時代。神々が実在し、自らの秩序を世界へ敷いていた。
そこで男は、人の側に立って神々へ反旗を翻した一人の女神と出会う。
戦いに敗れた女神の肉体は滅び、魂は時の彼方へ散った。そして勝者によってその名さえ塗り替えられ、後世――「大悪魔」と呼ばれる存在となる。
男は彼女から不老不死の力と、一つの使命を託された。
散り散りになった女神の魂を回収すること。
すべてが再び一つとなれば彼女は蘇り、神々との戦争も再び始まる。
それから男は、悠久の時を旅した。
名を変え、土地を渡り、王侯の傍らにも名もなき民の中にも生きた。神々の使徒と戦い、勝てぬ相手からは逃げ、働き、酒を飲み、友と笑い、ときには百年ほど世間から離れた。
幾多の文明の興亡を見届けても、彼は人の世を離れなかった。
そして――紀元前二二一年。
秦王・嬴政が六国を滅ぼし、天下を統一する。
この時代、男は「鄭仁」と名乗り、郎として咸陽宮に仕えていた。
長すぎる人生で、大抵のものは見てきた。
働いた経験もある。
死ぬほど働いたことだってある。
――まあ、死なないのだが。
そんな鄭仁が、秦の内側を見て――ドン引きした。
天下を一つにした瞬間から、法、戸籍、税、街道、物資、命令、地方統治、そのすべてが一斉に動き始める。
官吏が一人、咸陽を発つ。
ただそれだけで文書が作られ、印が押され、馬と食糧が用意され、宿駅へ知らせが走る。
一人の人間が動く。
その背後を、帝国そのものがついてくる。
後世の私たちは、秦の結末を知っている。
だが彼らにとって、歴史はまだ未来だった。
女神の魂を追いながら、人と共に時代を渡ってきた不死の男。
これは、そんな彼が鄭仁として秦を生きる物語。
ただし、一つだけ言わせてほしい。
始皇帝の職場は、今まで見てきた中で一番ブラックだった。