あらすじ

高校生の岩岡さんは、近所の老人が奏でる澄んだ三味線の音色に魅了され、「いつか自分も最高の三味線を手に入れたい」と強く切望していた。ある日の放課後、通学路にある古びた質屋で彼女は運命の出会いを果たす。 そこに飾られていたのは、密度の高い紅木の棹と美しい花林の胴を持つ、本物なら百万円を下らない極上の三味線だった。 なぜか高校生のバイト代の貯金で買えるほどの破格で売られており、店主の「訳あり」という言葉も気に留めず、岩岡さんは即座に購入する。 その夜、自室で夢中になって撥を振るう岩岡さんのもとへ、顔を青ざめさせた母親が訪ねてくる。 「大勢の赤ん坊が泣いているような音が聞こえる」と訴える母親だったが、魅了されている岩岡さんの耳には三味線の美しい余韻しか届いていなかった。 翌日、三味線の師匠である老人にその楽器を見せると、師匠は音すら鳴らさずに顔色を変え、「わしに売る気はないか」と尋常でない迫力で迫ってきた。 申し出を拒絶した岩岡さんだったが、それ以来、友人や人前で弾くたびに、聴いていた人々が口々に「大勢の赤ん坊の泣き叫ぶ声が聞こえる」と耳を塞ぐようになる… 人前で弾くことをやめ、自宅の自室に閉じこもって夜な夜な演奏に没頭する岩岡さん。 しかし、彼が三味線に狂溺すればするほど、怪音は家族を追い詰めていく。 ついに耐えかねた母親は悲鳴を上げて家を飛び出したまま失踪し、父親とも絶縁状態となって家庭は完全に崩壊した。 数十年が過ぎた現在も、岩岡さんは誰もいなくなった静かな自宅で、ひとり密閉された部屋に閉じこもり三味線を弾き続けている。 静まり返った部屋を満たすのは、うっとりするほど美しい伝統の音色と、撥を落とすたびに重なり合う、数えきれない赤ん坊たちのけたたましい泣き声だけである。

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小説を読もう2026/08/19
  • 現在の作品「夏のホラー2026」【泣く三味線】