あらすじ
私の父は共産主義者だった。
給料のよい会社員を辞め、日本共産党の専従者になった父。
子供だった私は、そんな父に愛してもらいたくて、父の信じる共産主義を理解しようとした。しかし、学べば学ぶほど疑問が生まれた。歴史的必然とは何か。民主集中制は本当に民主主義なのか。労働者を「前衛」が導くマルクス=レーニン主義は、本当に人間を理解しているのか。父に問いかけても、議論はいつも感情で終わった。社会の権力を批判する父は、家庭では家父長的な権力を振るった。やがて両親は事故で突然亡くなり、父との議論は未完のまま残された。それから長い時間が経った今も、私は父との議論を一人で続けている。長期的に党勢を減らしながら、党中央の責任とは何なのか。思想の正しさを主張する組織ほど、自らの権力構造を厳しく検証すべきではないのか。そして、その問いは最後に自分自身へ返ってくる。父を反面教師にして生き、子供を愛せる自信が持てず、子供を持たなかった私。私の中には、今も父の血が流れている。父と共産主義、愛情と反発、そして自分自身をめぐる、私なりの自己総括。