あらすじ

「湯は上得意から。おまえは仕舞いでいい」——十二年、この湯屋の湯の順を決めてきたのは、わたくしでございます。 労咳のご隠居は人と合わせない。産後のご新造はぬるめの二番湯。十年いがみ合う二軒の間には一組挟む。明け方に出る出職の衆は、釜が立った端から。薪の湿った日は一番湯を半刻遅らせる。板の間に残るのは順番の結果だけで、理由は全部わたくしの頭の中にございました。 ですが夫は、張り替えの朝のたびわたくしの手から湯桶を取り上げ、幼馴染の乾物屋のご新造を先へ通します。三度目には、わたくしの湯は垢の浮いた仕舞い湯しか残りませんでした。 左様でございますね。湯は上得意から。ですからわたくしの湯は、この順には要りませんわね。湯桶を伏せて棚へ戻し、焚き口の薪を自分の分だけ一本抜いて束へ返す。釜は止めません。客も追いません。持ち出すものは、何ひとつございません。 三月後の朝、夫は上得意の順に通します。左官の講が湯の立つ前に来て空のまま帰り、いがみ合う二軒が同じ湯で鉢合わせ、ご新造が一番湯で湯あたりを起こしました。誰も怒鳴りません。ただ次の月から、留湯の口約束が来なくなります。半年で、あの湯屋はどの講にも順を頼まれなくなりました。 川向こうの釜を任され、自分の名で一番湯を立てたわたくしの戸口へ「戻ってくれ」と立った夫へ、あの一句をそのままお返しするお話。

連載情報

ウェブ小説

配信言語
小説を読もう
小説を読もう2026/08/07
  • 現在の作品「湯は上得意から」と見限られ仕舞い湯へ回されたので、湯桶を伏せて順から降りました——お宅の一番湯、翌月から誰も並びません