あらすじ
佐藤 俊夫(さとう としお)。
享年八十六歳。
職業は機械エンジニア。
若い頃は工場で機械の設計や保守に携わり、定年退職後は妻と二人、キャンピングカーで日本中を旅して回るのが何よりの楽しみだった。
春は桜を追い、夏は海辺で釣りを楽しみ、秋は紅葉を巡り、冬は温泉地でのんびり過ごす。
息子と娘はそれぞれ家庭を築き、孫たちも元気に育っている。
特別な英雄ではない。
世界を救ったこともなければ、歴史に名を残したこともない。
それでも、振り返れば悪くない人生だったと思う。
「……母さん。」
ベッドの傍らでは、長年連れ添った妻が静かに手を握っていた。
「ありがとう。」
その一言を最後に、佐藤俊夫はゆっくりと目を閉じる。
苦しみはない。
恐怖もない。
ただ、長い人生の幕が静かに下りた。
――そう思っていた。