あらすじ
視界に浮かぶUIを、指先ひとつで操作する。ドラッグで標的を"ゴミ箱"へ運び、スワイプで払う。それだけで、人ひとりが──存在ごと、消える。肉も、声も、その帰りを待っていた誰かの記憶も、まとめて世界から。あとには、最初からいなかったことになる。
神坂 仁(かみさか じん)、通称「ゼロ」。世界OSに公認された、都市でただ一人の"消す掃除屋(スワイパー)"だ。ピンチで距離を歪め、スワップで敵の立ち位置を入れ替え、指先のUI操作を異能に変えて標的を捌く。ただし、同時に触れられるのは二つまで。彼の指は、いつも誰かを消している。
だが昼の仁は、まるで逆のことをしていた。「なんでも屋」の看板を掲げ、客のつらい記憶を消さずに"預かる"。消される側の人間は、消える前に、いちばん失いたくない記憶を硬貨や写真の切れ端へ逃がしておく。物に宿した記憶だけは、世界も消せない。人はそれを形見(かたみ)と呼び、地の底の掃きだめでは、形見が金より確かな通貨として流通していた。──消す指と、遺す街。仁は、その狭間に立っていた。
消した者の最期の声は、行き場をなくして仁の脳に降り積もる。命令に背けば、罰として自分の記憶を奪われる。三年前に一度だけ逆らって、仁は母の声を思い出せなくなっていた。
ある雨の夜、仁は一人の少女の消去を命じられる。だが──消せなかった。《READ-ONLY》。世界がどうやっても上書きできない、たった一つの存在。少女リアは三十六年前、生身のまま世界の"基準人格"にされ、書き換えられる前の本物の世界を記憶する、いわば街そのものの"生きた形見"だった。そして彼女は、看板にも出していない仁の本名を、なぜか知っていた。
「世界がお前をバグと呼ぶなら、俺がこのふざけたシステムを落とす」
仁はリアを連れて逃げ、指先のUIを武器に、世界の芯を目指す。だが道の果てで待つ管理者・久世は、長く"椅子"に座りすぎて、自分自身までも上書きされていた。名前も、顔も、かつて愛したはずの者の記憶さえ、本物か確かめようがない。人を消し続けて、自分の消し方まで忘れた、半分だけの器。その男が、リアを世界の地面へ還そうとしていた。
消すか、消さないか──ではない。仁は、人を消すために磨いたその指の技を、今度は"誰も消さずに送り届ける"ために使う。一人の少女を犠牲にするのでなく、大勢の記憶で、面として世界を支える。掃きだめが昔からやってきたその営みを、世界の規模で。
指先ひとつで存在を消す最強のスワイパーが、たった一人、"消せない"少女を拾って、世界に牙を剥く。消された者の名前が、人々の記憶へ戻りはじめる。──だが、管理者を消しても、"椅子"は残る。空席は、いつか次の誰かを呼ぶ。