あらすじ
その紙には、なんの杖を作れとも書かれていなかった。
杖に彫れる魔法は、一本につき一つきり。木に呪印を刻み、魔力を通せば、その一つだけが何度でも発動する。
木の街レイヴンウッドの杖職人オーレンは、仕入れから削り出し、呪印彫りまでを一人でやる。腕はいいが、名も金も規模も欲しがらない。冒険者ギルドの誘いも、魔法学校の誘いも、柔らかく断り続けている。
その工房へ、魔法学校の学校長が一枚の紙を置いていった。
術式の前半に、魔力を火にも風にも変える連なりがない。後半の並びは、何のための形なのか読めない。
「急がない。予算はいつもお願いしている範囲で頼むよ」
要る木は鋼藍木。硬く、割れやすく、買い手が杖職人しかいないせいで市場に出回らない。自生地は、魔物の出る灰月の森だけだった。
護衛を四人雇って、森へ入った。持ち帰ったのは、木が一本と、二日ぶん遅れた仕事だった。
乾かすのに五日。削って、彫って、意味の分からない連なりに四日。
そうして十四日目の朝、迎えの馬車が工房の前に停まる。
その杖が何をするものなのかを、オーレンはその日に初めて知る。
――これは、魔法で戦う話ではありません。
木を選び、乾かし、削り、線を一本ずつ引いて、正規の値段で渡すまでの話です。
無償で作ると言えば拒まれ、互いに満額を払えと押し付け合う。そういう仕事の話です。
――この街ではまだ、箒は掃くための道具だった。
全十話・約五万七千字。完結済み。