あらすじ
駅の近くにある中古マンションを、僕が購入したのは五年前だった。築三十年近い3LDKで、婚約者の水城美咲と相談し、古い内装をすべて撤去してフルリノベーションすることにした。当初の工期は、長くても一年の予定だった。
ところが五年が過ぎた今、設計案は十八回も変更され、施工会社は十九回目のやり直しに付き合わされていた。
着工前には、管理規約に従って管理組合の理事長へ工事申請書や図面、工程表、資材搬入計画を提出し、理事会の承認も得ていた。有資格者によるアスベストの事前調査も済ませている。構造躯体や共用配管には手を加えず、変更できるのは専有部分の非耐力間仕切り壁だけだった。
それでも工事は、何度も止まり、壊され、やり直された。
そして今日、ようやく引き渡し前の施主検査を迎えた。
両家の両親も来ていた。母はリビングに腰を下ろし、深い青色のベルベットの箱を膝元に置いている。中には、祖母が結婚したときに身につけた真珠のネックレスが入っていた。
検査が終わったら、美咲に渡すつもりだったのだろう。
父は数か月前に心臓の手術を受けたばかりで、まだ顔色が少し悪かった。それでも自分の足で新しいフローリングの上に立ち、秋の三連休に予定している結婚式の準備はどうなっているのかと、うれしそうに聞いてきた。
僕が答えようとしたとき、洗面室から短い声が上がった。
美咲が、水栓の製品ラベルを手にして出てくる。その後ろでは、佐伯蓮が眼鏡を押し上げ、到底見過ごせない欠陥を見つけたような顔をしていた。
「悠真、この水栓、イギリス本国で作られたものじゃないわ」
現場監督がすぐにラベルを受け取り、発注確認書を開いた。
「イギリスのブランドが、日本の正規代理店を通して販売している国内仕様の製品です。外観も主要部品も同等で、接続部分も日本の住宅設備基準に適合しています。発注確認書には高瀬様のご署名もあります」
美咲の眉間の皺は消えなかった。視線は製品ラベルに張りついたままだ。
「私が指定したのは、イギリスの工場で作られた本国仕様よ」