あらすじ

玄関の外で、見知らぬ女性が泣いていた。 夫の恋人だと名乗った。 クレアは、その人の名前を知らなかった。 子爵夫人になって、十年になる。 屋敷の朝の茶も、客間の椅子の向きも、彼女が決めてきた。 冬の夜半に起きて、温室の火を見るのも彼女の仕事だった。 もうひとつ、誰も数えない仕事があった。 夫の前で、妬いてみせることだ。 愛されているか確かめたがる人の隣で、十年続けた。 その朝、クレアは何も言えなかった。 怒りを探したが、出てこなかった。 十年前なら形になったものが、もう手の届く場所に無かった。 泣いている人は、修羅場を用意して歩いてきた。 けれど、渡せるものが彼女には無い。 用意された舞台は、そこで成立しなくなった。 その夜、夫のほうが先に離縁の言葉を口にする。 クレアは取り乱さず、必要な書き付けの数を尋ねた。 そして翌朝、温室の鍵を自分の帯へ移す。 彼女がやめたのは、妬いてみせることだけではなかった。 屋敷の朝が、少しずつ変わっていく。 茶の味が変わり、客の帰る時刻が早くなる。 妬かれることを愛だと思っていた人は、妬かれなくなった日から何を失うのか。 数え終えるまでに、どれだけの時間がかかるのか。 その頃、彼女はもう別の場所で、乾いた葉の匂いを嗅いでいる。

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小説を読もう2026/08/05
  • 現在の作品「あなたが奥様なんですよね?」いいえ、その方の妻という役は先月で終わっておりますので、ご用件はご本人へ