あらすじ
「――殿下。恐れながら、その婚約破棄、書式が間違っております」
王立記録院・婚約解消記録課の書記官ヴィオラ・レンディッシュ、二十歳。三年間、貴族たちの婚約破棄を壁際で記録し続けてきた。その数、三百件。声を張り上げる者、泣き崩れる者、勝ち誇る者。そのすべてを、彼女は淡々と様式に流し込んできた。
三百一件目は、自分の番だった。
卒業記念夜会。第二王子ジェラルドが、身に覚えのない罪状三件を並べ、公衆の面前で婚約破棄を宣言する。だがヴィオラが指摘したのは、罪状の不当さではなかった。
――解消調書が、提出されていない。口頭の宣言に法的効力はない。
――罪状三件はいずれも学園在籍を前提とするが、彼女は三年前に入学を辞退している。
――この婚約は両家契約。解消を申請できるのは家長のみで、殿下個人に資格はない。
――そして王族の婚約解消には、第四十四条により国王印を要する。
「なお、その調書の受理窓口の担当官は、私です」
剣も魔法も出てきません。武器は規則書と、三年分の統計と、誰にも読まれない欄外の注記だけ。書式不備を一つずつ開いていく静かな逆転劇と、彼女の調書を七年間読み続けていたという監査長との、業務用語でしか進まない不器用な恋の話。
そして彼女は、受理印を押した夜、欄外にこう書き残す。
『宣言は、様式を欠いていた。立会申請だけが、十日前に、正しい様式で出ていた。順序が、逆である』