あらすじ
地方都市・春山。桜塚古墳の残るその山に、古びた廃墟がひとつ、ひっそりと佇んでいた。
いつからか、その場所にはひとつの都市伝説が生まれた。
「春山には、鏡を恐れる女の霊が出る」
深夜、廃墟へ足を踏み入れると、長い髪で顔の半分を隠した女が現れる。
足を踏み入れた人間が手にした鏡を向けると、彼女は怯えたように姿を消す――。
ネットでは「春山の鏡女」と呼ばれ、心霊スポットとして知られるようになった。
噂はこう語られている。
生前、彼女は美しい女性だった。
しかし、婚約者だった男に硫酸をかけられ、顔に大きな傷を負った。
それ以来、彼女は長い髪で顔を隠し、鏡を見ることを嫌うようになった。
やがて亡くなった後も、その場所に残り続けた。
人々は彼女を「顔を隠す恐ろしい女の霊」と呼んだ。
「鏡を見せれば消える」
「自分の醜い姿を恐れている」
そんな噂だけが、長い年月をかけて広まっていった。
夏になると、その都市伝説を利用した心霊企画が持ち込まれる。
相方は生ビール三杯目から、今年の企画の話を始めた。
「春山の鏡のオバケ、今年こそ捕まえましょう!」
こうして、俺たちは誰も見たことのない怪異を求めて、春山へ向かう。
俺たちはまだ知らない。彼女が恐れていたのは、鏡そのものではない。
鏡に映る、失われた時間と、傷ついた自分自身だったことを。
――2026年8月13日。
俺たちはリアルタイム配信のため、春山へ向かった。
直前に降った夕立が、廃墟の禍々しさを一層際立たせていた。
雨上がりの湿った空気。冷気が肌を刺し、身震いが止まない。
相方はカメラを持ち、俺は懐中電灯と大型の鏡を小脇に抱えて、瓦礫の散乱する屋内へ一歩ずつ進んでいく。
大きく破れたガラス片が、足の下でバリバリと音を立てた。
行き止まりの正面壁にはスプレーの落書きが残っている。
今年こそ、女の霊が現れそうな空気が漂っていた。
手元の懐中電灯がチカチカと消えかける。
「おい、ヨネちゃん」
後ろを確認する。
誰もいない。
低い天井が空間を暗くし、人影を飲み込んでいた。
「ヒィ……!」
喉から悲鳴が漏れた。
髪の長い、白いドレスの女が、瓦礫の上に――ただ、確かに、立っていた。
「ょ、ヨネちゃん……」
はっきり喋れたかどうか、わからない。
その女の顔を見てはいけない気がした。
向けているカメラのコメントが、どんどん増えていくような気がした。
これで鏡を向けたら、視聴者は喜ぶ――一瞬、そんな考えが浮かぶ。
「ヒデさん、どうした」
相方の声が、やっと聞こえた。
「やばいやばいやばい!」
「ヨネちゃん、女の霊が出た!」
「まじっすか。ヒデさん、カメラには映ってないんだけど……」
「ヨネちゃん、暗視カメラに切り替えて。俺、鏡を向けるわ」
視聴者のコメントがさらに増え続けた。
心臓の鼓動が高鳴る。
がたん、がたんと機材を瓦礫に置き、暗視カメラに切り替えて実況の準備をした。
「えー、今の状況を説明すると、鏡女が現れました。俺たちは暗視カメラで足取りを追っていきます。都市伝説通りなら、この鏡を見せたら幽霊は消えるはずです。追いかけてみます!」