あらすじ
十年、蚕室の掃き立てを担ってまいりました嫁が、「蚕室に手は出させぬ」と種紙を取り上げられ、手を出さぬ約束を守り抜いて、いまは自分の名で春を書いております。
桑が伸びぬ年は掃き立てを三日遅らせる。夜が冷える蔵は炭を足す。眠りに入った棚は触らない。それを読めるのは、わたくしの耳だけ。蚕室に残るのは上がった繭であって、上げた理由ではございません。
約束どおり、一度も手を出しませんでした。ただひと春で、繭が上がらなくなりましたわね。わたくしは何も止めておりません。糸の講の老女がひとこと仰っただけ——「あの人が寝ずに聞いてたから、繭が上がってたんだ」。
——糸を買われないお家に、種紙は掛けてまいりました。