あらすじ
「私は、婚約者ではない女性に恋をした」
アルディア王国の王太子ユリウスは、十年来の婚約者である公爵令嬢ヴィオラに、平民出身の女技師リナへの想いを正直に打ち明けた。
しかし彼が望んだのは、舞踏会での婚約破棄でも、身分の低い恋人との駆け落ちでもない。
自分の心変わりを婚約者やリナのせいにせず、王子である自分自身の責任として、誰も傷つけない道を探すことだった。
一方、未来の王妃として十年間を捧げてきたヴィオラにも、誰にも明かせなかった夢があった。
「わたくしは、王妃ではなく公爵になりたいのです」
互いの本当の望みを知った二人は、合意の上で婚約を解消しようとする。
だが国王も公爵も、それを許さなかった。
王家と公爵家の政略。
王都を洪水から守る巨大水門計画。
リナを「王子を誘惑した平民女」に仕立てる醜聞。
そして、多くの負傷者を出した水門崩落事故。
世間が望んだのは、分かりやすい悪役だった。
王子を惑わせた平民女か。
嫉妬に狂った公爵令嬢か。
婚約者を捨てた愚かな王太子か。
誰か一人を断罪すれば、すべては丸く収まる。
それでもユリウスは、愛した女性を守るために婚約者を悪女にはせず、婚約者との約束を守るためにリナを切り捨てることもしなかった。
自分の恋によって起きたことなら、自分の名前で責任を負う。
これは、婚約者ではない女性に恋をした王子が、誰かを悪役にすることでしか成立しない幸福を拒み、それぞれが望む未来を選び直す物語。
――その王子は、誰も断罪しなかった。