あらすじ
二十年、郷の井戸の水番を務めてまいりました嫁が、「水など誰が汲んでも同じ」と桶の底札を取り上げられ、札を井戸端に置いて出て、いまは自分の名で底札を掛けております。
産後のおとよさんの桶は朝一番。薬を煎じる甚兵衛さんの家は昼前。雨の翌日は濁りが落ちるまで半刻待たせる。それを数えていたのは、わたくしの頭の中だけ。井戸に残るのは汲んだ結果であって、汲んだ理由ではございません。
同じ順で汲んだ翌月、井戸は濁ったままでした。わたくしは何も止めておりません。ただ、講元の老婆がひとこと仰っただけ。「うちらはあの家の水を飲んでたんじゃない。あんたの順で飲んでたんだ」。
——水を分けてもらえないお家に、札は置いてまいりました。