あらすじ
深夜二時。小説家志望の青年・御手洗カイは、真っ白な執筆画面を前に絶望していた。苦し紛れに打ち込んだメモは「ホラーっぽいホラーじゃん」。頭を抱えてキーボードに突っ伏した瞬間、彼の額は柔らかく沈み込み、視界は歪む。
気がつけば、そこは紫色の空と灰色の泥が広がる、低予算映画のセットのような異世界だった。現れたのは、全身筋肉で頭部には巨大な「口」しかなく、鉈を手にしたベタなホラー怪物。恐怖するのも束の間、カイの脳内批評家が造形の古さを糾弾し、怪物を説教し始める。
「クチオ」と名付けられた怪物は、意外にも犬のように従順で、カイの癒やしの存在となっていく。深夜の逃避行を繰り返す中、カイは彼を主人公にしたコメディホラーの着想を得る。
しかし、新人賞の締め切り当日、クチオは豹変する。没プロットの怨念から生まれた真の異形へと変貌し、カイを喰らおうとする。死を覚悟した瞬間、カイは「この展開は面白い」と確信。彼は足元に転がっていた豆腐サイズの「Enterキー」を手に取り、怪物の口へと投げつけ「保存」した。
現実に戻ったカイは、締め切り五分前、溢れ出るプロットを凄まじい勢いでタイピングし、傑作を送信する。燃え尽きた彼のパソコンの裏には、あの異世界にしかないはずのストローが一本、紫色の泥を帯びて転がっていた。