あらすじ
疎遠だった祖母の訃報。残された遺言状には、聞いたこともない村の名前があった。
「蟲喰原村――一切の土地と家屋を、深冬に譲る」
地図アプリにさえ表示されない、山間の限界集落。戸惑いながらも訪れたそこで、深冬を待っていたのは、拍子抜けするほど温かい歓迎だった。
人懐っこい青年・悠人。柔らかな笑顔を絶やさない区長。どこか懐かしさすら覚える、静かな村の暮らし。
けれど、違和感は少しずつ、確実に積み重なっていく。
日没後、裏山に背を向けて歩いてはいけない。
赤い糸を巻いた者に、話しかけてはいけない。
満月の夜は、決して「数」を数えてはいけない。
誰も本気で説明しようとしない、奇妙な"決まりごと"の数々。そして、祖母の遺品の中から出てきた一枚の写真――そこに写っているのは、記憶にないはずの、幼い日の自分自身だった。
なぜ、私はこの村を知っているのか。
なぜ、誰も本当のことを教えてくれないのか。
村に隠された過去帳、塗りつぶされた名前、写真から消えていく住民たち。積み重なる違和感の先で深冬が辿り着くのは、この村に代々伝わる「喰らう様」という存在と、かつて自分自身が――村から"逃された"生贄候補だったという、あまりに残酷な真実。
そして知る。祖母がしてくれたことは、救済などではなかったということを。すべては、深冬が「必ず戻ってくる」よう仕組まれた、壮大な罠だったのだと。
逃げ場はあるのか。
それとも、最初から詰んでいたのか。
大切な人を守るために選んだ答えの先に待っていたのは、決して逃れられない村の"決まりごと"――。
一度足を踏み入れたら、二度と後戻りはできない。
これは、逃げることさえも赦されなかった、ひとりの女性の記録である。
蟲喰原村に、戻ってはいけない。