あらすじ
丘と入り江の国グレンモア。石壁の畑が丘を這い、湿った風が谷ごとに違う歌を歌う土地。統治は氏族長たちの寄り合いに委ねられ、王も皇帝もいない。
この世界では、文字は聖堂と商家と書役のもの。市井の人々の便りは、文字ではなく声が運ぶ。
声継ぎ――声を掌ほどの器に封じ、峠を越え、入り江を渡り、遠くの宛先まで運んで開ける職業である。祝いの声、詫びの声、間に合わないかもしれない遺言。読み書きできない人々の想いは、器に封じられて旅をする。声継ぎは組合に属し、その掟は単純で古い。
一、預かった声は、必ず届ける。
二、届けの前に、器を開けない。
三、届けで聞いた声は、他言しない。
***
「誰もが知っている、けれど誰も深くは考えない事柄」
1. 声がなぜ器に封じられるのか、仕組みは誰も知らない。封じ・開けができるのは声継ぎだけで、声継ぎになれる者となれない者の差も、分かっていない。
2. 器の声は一度開けば消える。文字と違って、写しが取れない――誰もが知っていて、誰も理由を考えない。
3. 組合の奥には「届けられなかった声」の棚がある。宛先に辿り着けなかった器を捨てることは固く禁じられているが、その理由は伝わっていない。