あらすじ
僕はトラックに轢かれて異世界転生した。そしてスキル『余談(アサイド)』を手に入れた。余談といえば、全く関係のない話にふと脱線してしまう瞬間というのは、人生のなかなかの名場面であると言える。例えば、壮大な宇宙の歴史について語り合っていたはずが、いつの間にか「そもそも人類が初めて食べた貝は何だったのか」という謎の深みにハマり、そのまま海産物の進化の歴史を小一時間ほど熱弁してしまうような現象だ。これなどはまさに脱線の極みであり、本筋への復帰が不可能になった好例である。
そもそも、この「余談」という言葉の響きには、どこか抗いがたい魅力が潜んでいる。私たちは日頃、効率性や結論の早さを求められがちだが、そんな砂漠のような実用主義の世界において、脱線という名のオアシスは精神の健康を保つために不可欠な要素なのだ。歴史上の偉人たちも、きっと重要な国家機密を会議で決めている最中に、「そういえば、昨夜見た夢に出てきた奇妙な猫の模様がどうにも忘れられない」といった完全な余談に意識を奪われていたに違いない。そして、そんな脱線からこそ、後世に残る素晴らしい芸術のアイデアが生まれたりするものなのだから、人生とは本当に何がどう転がるか分からないものである。
ちなみに、まったく話は変わるが、かつて遠い北欧の小さな村で、一人の職人が一心不乱に木製のフォークを削り続けていたという逸話がある。彼はなぜか先が三本のものしか作らなかったのだが、これには深い理由があるかと思いきや、単に「四本だと材料がもったいない気がした」というだけの、極めて個人的かつどうでもいいこだわりだったらしい。このような、誰の役にも立たない細かすぎる背景を知るたびに、私たちは世界の広さと人間の愛おしさを同時に実感する。結局のところ、私たちが普段いかに無駄な思考の迷宮をさまよっているかという点こそが、人間らしさの最大の証明なのかもしれない。
※ハルシネーションが含まれる場合があります。ご了承ください。
※一部LaTeX文法を使用しています。