あらすじ
冬だけ全面が凍る、ブレノヴァの鏡の湖。渡し守ヨナスは、まっすぐの近道を決して売らない。十二の冬、渡しを急いだ父を氷に呑まれたからだ。ある紅の夜、薬を積んだ商隊が湖岸へ駆け込む。対岸の村は流行り病。橇から降りたのは、薬師の孫娘ニナ——倒れたのは、彼女をひとりで育てた祖母だった。「今すぐ、渡らせてください」。だが今夜は、氷が歌う夜。祖父の教えでは、絶対に渡ってはならない夜だった。
夜明け、ヨナスは誰も知らない遠回りの「父の線」で氷へ踏み出す。待ちきれず直線へ逸れた者の足もとで、氷が割れる——父が消えたのと、ほとんど同じ場所で。臆病と嘲笑った声が静かな畏敬に変わるとき、少女はひとつの約束を残していく。近道は、生きて渡ってはじめて近道になる。氷の悲鳴を知る耳にだけ、春の歌はいちばん先に聞こえる。読み切りです。