あらすじ
「離縁したい」
旦那様がそう言ったとき、わたくしはその人の靴の踵を見ていた。
右の踵が、外へ二分。左が、内へ一分半。三月前に測ったときは、逆だった。
別の階段を、別の速さで、毎晩降りている。そういう減り方だった。
六年間、わたくしはヴェルデン侯爵家の全員の足を測り、木型を彫ってきた。
夫の。義父の。義母の。義妹の。ぜんぶ、無署名で。
だから出ていくとき、一つだけお願いした。
「木型はお返しいただけますか。あれは、わたくしの道具ですので」
お義父様は「木の塊だろう」と笑って、許してくださった。
——その週末が、夏の舞踏会だった。
どの靴店の台帳にも、ヴェルデン家の足は存在しない。
合わない靴では、人は踊れない。立っていることも、できない。
わたくしは何もしていない。ただ道具を持って実家に帰り、
母の工房で、次のお客様の足を測っているだけ。
声を荒らげたことのない女が、捨てた家の足元から崩していく話。
第1部 全26話・完結予定/ハッピーエンド。
静かなスカッとと、手に職のあるヒロインがお好きな方へ。