あらすじ
封印暦二百十三年。
魔王は討たれたのではない。今も、地の底に封じられている。
王都の人々は、北の空が赤く滲む理由も、街道沿いの村が魔物に喰われていることも、見ないふりをして暮らしていた。
過去を掘り返す者は、平和に水を差す者だと、教会と記録局は説く。
死者の名は削られ、遺品は処分され、苦しむ者には忘却が配られる。
そんな世界で、レオンは遺品届け人として生きている。
指輪、軍票、壊れた時計、出せなかった手紙。
死者が最後に握っていたものを、まだ覚えている誰かへ届ける仕事だ。
宛先のない黒い石を抱えたまま、ある雨の夜、レオンは赤い右目を持つ半魔の少女アイリスと出会う。
アイリスには、他人の痛みを喰う力があった。
死者の記憶を読むたび壊れかけるレオンと、痛みを喰うことで人間の温かさと残酷さを知っていくアイリス。
二人は背中合わせの契約を結び、忘れられた名前を辿って北へ向かう。
けれど、痛みを喰うたびに、アイリスの心と身体は削られていく。
そして記録局は、彼女を「二七」と呼び、忘却の道具として利用しようとしていた。
忘れれば楽になる。
だが、忘れることが本当に救いなら、なぜ世界は終わりへ近づいているのか。
黒い石が導く先で、二人は知る。
この国の平和が、誰の沈黙の上に置かれていたのか。
勇者の物語から削られた名が、まだ世界の底で息をしていることを。
そして忘れられた名前こそが、崩れかけた封印を繋ぎ止めていることを。
これは、痛みを消す物語ではない。
痛みを痛みのまま抱え、誰かの名を運び続ける、終わりかけた世界の旅の記録。