あらすじ
書斎の白熱灯が瞬き、壁を這うような長い影を落としていた。陰山江戸(かげやま・えど)は、亡き母の遺作となった最後の一枚を、虚ろな目で見つめていた。それは、不気味な杉沢村(すぎさわむら)の風景画だった。古びた血痕を思わせる深い (栗色)の筆致の中に、彼は「あってはならないもの」を見つけてしまう。
そこには、熟練したキアロスクーロ(明暗法)の技術だけでなく、乾燥した油彩の質感に紛れ込むように、座標の数字と父のイニシャルの羅列が隠されていた。
そのメッセージは、まるで黄泉の国からの囁きのようであり、彼がこれまで信じてきた温かな家族の物語を無残に切り裂いた。江戸の曖昧な幼少期の記憶の中で、守護神であったはずの父親が、突如として恐ろしい異質なシルエットへと変貌を遂げる。
窓の外では、青森県の方角から吹く夜風が低く唸りを上げ、地図に存在しない村へと江戸を呼び寄せていた。そこは虐殺が単なる伝説ではなく、命によって綴られた家族の秘密が眠る場所。江戸は悟っていた。ひとたび真実を求めて踏み出せば、二度と元の自分には戻れないことを。あるいは、二度とこの場所へは帰って来られないかもしれないということを。