あらすじ
中学時代からの知り合いである久世朝人と白井紗英。
十四歳のころ、二人は「久世くん」「白井さん」と呼び合う、ただの同級生だった。
それから十四年。
朝人は今も彼女を「白井さん」と呼ぶ。
けれど、久世家の専属メイドとなった紗英だけは、彼を「ご主人様」と呼ぶようになった。
毎朝のコーヒー。食事と睡眠の記録。六十三回の出張準備。八十四枚のシャツの修繕。
紗英は十年かけて、ご主人様一人のための技能と生活を積み上げてきた。
そんなある日、朝人が料理を覚え、洗濯をし、自分で家のことを管理し始める。
「これで白井さんがいなくても大丈夫ですね」
それは、彼女がずっと望んでいたはずのことだった。
実際、紗英は二年前から、自分がいなくても朝人が暮らせるようにするための生活管理ファイルを完成させている。
ただし、そのファイルは一度も渡されていなかった。
午前零時十三分に机へ出し、零時十九分に引き出しへ戻した、たった六分。
その六分間に彼女が願ってしまったことを、朝人はまだ知らない。
これは、好きだから尽くすメイドの話ではない。
好きな人に必要とされなくなることを恐れながら、それでも自分の手で彼を自由にしようとする、一人のメイドの話。