あらすじ
「二番で十分だ」——四年、この店の返しを見てきたのはわたくしでございます。
壺は三つ。梅雨には口を覆う布を替え、冬には火の近くへ寄せ、夜ごとに匂いを嗅いで使い始める日を決めます。今日の湿りなら、あと二日。たかが二日、されど二日、汁の角が舌へ出るか、蕎麦の甘みの後ろへ引っ込むか、その境でございます。
書き出せるのは醤油と味醂の割だけで、いつ開けるかは全部わたくしの頭の中に。
左様でございますね。二番で結構でございます。ですからわたくしの手は、もう壺に要りませんわね。壺の蓋を閉じて、いつもの位置へ戻して出てまいりました。持ち出すものはひとつもございません。
十日後、同じ割で合わせた汁の角が、客の舌へ出るようになりました。誰も怒鳴りません。ただ次の月から、常連の下駄が並ばなくなります。
自分の名で返しを立てたわたくしの店へ「戻ってくれ」と立った人へ、あの一句をそのままお返しするお話。