あらすじ
小学六年生の直樹は、友人の勝也が持ってきたガムの懸賞で、トランシーバー一組が当たると知る。電話を自由に使えない子どもにとって、離れた場所から秘密の声を交わせる機械は魔法のようだった。外遊びや悪ふざけを共にする勝也と、当たったら二人で使おうと約束する。
数日後、直樹はもう一人の友人・康夫からも同じ懸賞に誘われる。康夫は本や工作を好み、直樹が黙って一緒にいられる大切な相手だった。先の約束を言いかけた直樹は、期待する康夫の顔を見て断れず、再び「うん」と答えてしまう。二人とも大事なのだから、当たれば三人で交代して使えばいい。そもそも簡単には当たらない。そう考えながらも、二人が顔を合わせたときには懸賞の話をそらしてしまう。
勝也と応募葉書を出した翌日、康夫が集めた応募券を持って教室へ来る。二人との約束は、直樹の憧れの少女・ちよこの前で明らかになる。「三人で使えばいい」と弁解する直樹に、ちよこは、二人ともそのつもりだったのかと問う。答えられない直樹へ、彼女は「ずるいよ」と告げる。直樹は、二人とも大事だったこと、誘ったのは自分ではなかったことを訴えるが、どの言葉も言い訳にしかならない。
勝也と康夫は少しずつ離れ、ちよこも直樹と目を合わせなくなる。関係を取り戻したい直樹は、ちよこに思いを告げる。しかし返ってきたのは、「前なら、うれしかった」という言葉だった。直樹は、自分が持っていたことさえ知らなかった初恋を、始まる前に失ったと知る。
やがて勝也、康夫とはわずかに言葉を交わせるようになるが、以前と同じには戻らない。直樹は毎日郵便受けを確かめ、かつて待ち望んだ当選を恐れる。季節が過ぎ、新しい懸賞が始まってもトランシーバーは届かない。味の消えたガムを噛みながら空の郵便受けを見つめ、直樹は思う。当たらなくてよかった。その瞬間、涙があふれる。