あらすじ
「お前の結った筆に、余分な値はつけない。どれも同じ筆だ」——秋の初めの朝、筆市の買い手の前で、主人はわたしの手から毛の束を取り上げた。
毛は束ごとに腰が違う。夏毛は先が痩せるので命毛を一本内へ寄せる。湿りの日は膠を薄く。腰の弱い毛が三本混じれば束ごと外す。柱に貼れるのは毛の匁と膠の割だけで、見分けは全部この頭の中にある。
手間賃は入って半年の若い衆と同額に割り直され、柱には手順が貼り出された。承知しました。どれも同じ筆です。では、わたしの分は結いません。
道具を拭いて棚へ戻し、いつもの位置へ揃えて店を出た。壊しも持ち出しもしない。やめるのは、結うことだけ。
秋の筆市で、あの店の筆にだけ値がつかなかった。書き手が試し書きで首を振り、箱がそのまま返る。誰も怒鳴らない。ただ次の月から、注文が来ない。
自分の店を持ち、初めて自分の名で筆を結んだわたしの前へ「戻ってくれ」と立った主人へ、あの一句をそのまま返す話。