あらすじ
二〇三一年、春。僕と美咲は、公証役場で婚約した。
手をつなぐこと(屋外・屋内を問わない)。肩に触れること(衣服の上からに限る)。それ以外の接触は、相互承認アプリ「カクニン」で、その都度承認。有効期間は十五分――。
誰かが禁止したわけではない。デートを禁じる法律も、恋愛を罰する条文もない。変わったのは法律ではなく、法律の周りにあるもの。報道と、規程と、研修と、そして僕らの手だった。
この静かな街で、僕は何人かの人に出会った。
二十三日間勾留され、「嫌疑不十分」の灰色の紙を財布に入れて生きる居酒屋の店主。勇気を出して訴えたのに、同じ五文字の通知を受け取った女の人。昭和の見合いを知る介添人の老婦人。同じ夕方に同じ判子を二度押した検事。逮捕を十二分、不起訴を四十秒で報じたテレビの人。そして、二年の裁判の末に「白い紙」を手にしたのに、灰色に生きるほかなかった人。
すれ違うときには、物語は物語に見えない。これは、すれ違いを後からほどいて、結び直した記録だ。
――萎縮の反対語は、無防備ではない。
法改正後の日本を舞台に、同じ制度の下で異なる場所に立つ人々を描く連作長編。全八章、完結済み。
※本作はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは関係ありません。統計・制度への言及には物語上の脚色を含みます。特定の立場を断定する意図はなく、訴えた側と訴えられた側、双方の「灰色」を並置する試みとして書かれています。