あらすじ
インフルエンザに伏したある夜、「私」は奇妙な夢を見る。
そこは、星もなく、生き物の気配すらない、古びた日本の村だった。宙を漂う提灯を目にした「私」は、そこが現ならざる世であることをなぜか理解する。山々には神が祀られ、人ならざるものたちが行き交い、神社へ続く参道は歩けども歩けども果てがない。
奥へ進むにつれて時代の境界は曖昧になり、「私」自身もいつしか着物をまとい、この世界へ溶け込んでいく。番所にいた河童は、そんな「私」を見て「地獄行きが確定した人間」と嘲り、妙な真似をするなと忠告する。しかし、その意味を「私」は理解できない。
やがて丘を越えた「私」の前に、行燈を携えた無数の者たちの行列が現れる。花嫁衣装の狐、人魂、軍人を思わせる骸骨、白い双子――奇怪なものたちに囲まれながらも、「私」はなぜかそこに恐怖ではなく、かつてない心地よさを覚えていく。そして行列の向かう先も知らぬまま、そこが「正しい道」であることだけを知っていた。
そのとき「私」は、自分がすでに死んでいるのではないかと悟る。
同時に、自らの醜悪で邪悪な魂を意識した「私」は、この心地よさこそ危険なのだと直感する。このまま進めば二度と戻れない。行列に逆らい、来た道を遡ろうとする「私」を河童は止める。
「人間はどこまでも愚かで、その癖して状況を理解するほど賢い。いつ見ても気色が悪い」
それでも「私」は忠告を妄言と吐き捨て、死者の激流に抗う。しかし重い身体では逆らえず、ついには流れに呑み込まれる。
意識を取り戻した「私」がいたのは、ついに辿り着いた神社の境内だった。
そこは死者の魂が祀られ、その魂が安息へ向かう場所。そして人であろうと何であろうと逆らうことのできない神によって護られた、あまりにも美しく、あまりにも心地よい死の世界だった。
身体はもはや動かない。
「私」は祈る。いつもの悪夢と同じように、この世界そのものが崩壊してくれと。神を目前にしながら、その神が護る世界の破壊を願う。
そして最後に、ただ一つの思いへ辿り着く。
祀られたくない。
その瞬間、何かが終わる。
夢だったのか。
生命だったのか。
それすら「私」には分からない。
ただ、心地の良い地獄が過ぎ去ったことに安堵し、「私」は再び前へ進んでいく。